先週の土曜日、「小樽歴史建築ツアー」に参加してきました。
と言っても車1台、講師も含めてわずか9名の少人数ツアーでした。
元々は、「北海道にある古いステンドグラスを見に行こう」という仲間内の話から始まったことですが、僕自身見たことはなく、どこに何があるのか知識も情報もなく、「そんなの北海道にはないんじゃないの」などど適当なことを言い、「歴史建築ツアーでいいよ」「もしどこかにステンドがあったら少しは説明できるけどお~」とさらにいい加減なことを言い続け、それにもかかわらず話は巡り拡大して、僕以外の方々の尽力により、内容充実、立派なツアーになりました。
朝10時に札幌駅横を出発し、最初に着いたのは「和光荘」。
北の誉酒造の経営者野口家の自邸として1921年(大正11年)に建てられたものです。
通常は非公開の建物ですが、講師として来てくれた北海道大学教授角幸博氏の計らいにより内部を見ることができました。
建物へのアプローチになっている橋を渡りながら、「ここにはステンドグラスはあるんでしょうか?」と角教授にうかがってみると、「あるよ。なかなか立派だよ」と軽快なお返事。
「え!あるんだ」と何も知らない僕は、単純に驚きつつ期待に胸膨らませ建物の前へ。

”瀟洒な外観”というだけでは表現しきれない奇妙な、しかしどこかで慣れ親しんできたものを再発見したような気持ちになりました。
そうだ!と思いついたのは西洋の大聖堂。
ロマネスクからゴシック、ルネサンスと各時代の様式を取り入れながら数百年に渡って作り続けた建築の様子と、どこか共通したものがあります。
玄関に出迎え、スリッパまで揃えてくれたのは、北の誉酒造の現会長であり野口家4代目当主の野口禮二氏でした。
野口氏は小学校1年生までここで暮らしたそうです。
恐縮しながら前方へ進むと、そこにはもうステンドグラスが!

玄関ホールと廊下の間仕切りに使われています。
第一印象は典型的な大正期の日本製ステンドグラスという感じでしたが、よくよく眺めてみると何かが違う、何だろう?何かなあ~?と疑問を残しつつ先へ。
各部屋の説明を角教授と野口氏の両方からうかがいながら広大な邸宅の内部を巡り、一同が「オォー!」と驚く場所に到着しました。
ー中篇ーに続く
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僕の愛弟子(と言ってよいかどうかわかりませんけれど)が、本日京都で新婦として結婚式を挙げました。
式中、新郎新婦から双方の両親への贈り物として僕のステンドグラスを使っていただきました。
このステンドグラスの制作中、ずっと聞き続けていたのは、さだまさしさんの「人生の贈り物」。
作曲はさださんですが、作詞は韓国の楊姫銀(ヤンヒウン)、二人で切々と歌い上げています。
http://www.youtube.com/watch?v=goeJPN-7Pqw&feature=related
人生の贈り物 ~他に望むものはない~
季節の花が これほど美しいことに
歳を取るまで 少しも気づかなかった
美しく老いてゆくことが どれほどに
難しいかということさえ 気づかなかった
もしももう一度だけ若さを くれると言われても
おそらく私は そっと断るだろう
若き日のときめきや 迷いをもう一度
繰り返すなんて それはもう望むものではない
それが 人生の秘密
それが 人生の贈り物
季節の花や人の 生命の短さに
歳を取るまで 少しも気づかなかった
人は憎み諍(いさか)い そして傷つけて
いつか許し 愛し合う日が来るだろう
そして言葉も要らない友に なってゆくのだろう
迷った分だけ 深く慈しみ
並んで座って 沈む夕日を一緒に眺めてくれる
友がいれば 他に望むものはない
それが 人生の秘密
それが 人生の贈り物
季節の花が これほど美しいことに
歳を取るまで 少しも気づかなかった
私の人生の花が 散ってしまう頃
やっと花は 私の心に咲いた
並んで座って 沈む夕日を一緒に眺めてくれる
友がいれば 他になにも望むものはない
他になにも 望むものはない
他になにも 望むものはない
それが 人生の秘密
それが 人生の贈り物
作品は、「デイジー」(赤)を新婦の母上に、
「タンポポ」(青)を新婦の父上に、
「抽象と半具象」(赤と青と紫)を新郎のご両親に、
僕の思いを込めてデザインしました。
そして、「星屑倶楽部」の15番目の作品は、新しい人生にスタートを切った若き二人に僕からのプレゼントです。
共に歩み共に老いることになったふたつの人生を、「抽象」(赤と青と紫)でデザインしました。
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今日、北海道札幌平岡高校へステンドグラスコンテストの審査に行ってきました。
年に一度の学校祭で開催される伝統行事ということで、縁あって数年前から審査に参加しています。
審査員なんて柄じゃないんですが、面白そうだなと思って引き受けました。
コンテストのステンドグラスは、当然ガラス製の本物ではないけれど、光を透して見るという原則において本物と違いはなく、本物よりはるかに自由があります。
昔ながらの色セロファンにとどまらず、和紙に千代紙、ナイロン網やシールにネガフィルムなど、ありとあらゆるものを使用し、さらに絵の具で着色したりなんかして、多種多様、期待通りの面白さです。
”学校で作るステンドグラス”と聞いて、多くの人が想像するのとは次元が違う作品がたくさん並んでいました。
1クラス1作、各学年8クラスの合計24作品が出品されていました。
やはり3年生の作品は圧倒的に優れていて、これはその一部です。
審査会の折、先生方とも話したことですが、芸術教育というのは道徳教育であり社会教育でもあります。
近年とんでもない事件を起こす子供達が増えているのは、この芸術教育をおざなりにしてきた結果ではないかと僕は本気で思っています。
事件を起こした子供達がどのような芸術教育を受けてきたか、是非調べてもらいたいものです。
「芸術」なんて大袈裟に考えちゃいけません。
自分を表現することすべてが「芸術」です。
絵でも音楽でも、言葉でも体の動きでも、自分の中の何かを表現し人に伝えようとすることが「芸術」です。
高校生達の作った作品は、もちろん優劣はあるものの、どの作品も相当な時間を費やしたと思われるものばかりでした。
彼らは実際どのように作業を進めたでしょうか?
誰かがアイデアを出し(誰が?複数の時はどうする?)、
作り方を考え(こうしよう、いやそれよりこうした方が)、
材料を手に入れ(手分けして)、
作業開始(それぞれが得意な作業を、でも最初は誰が何を得意かなんてわからないんだよね)、
思うように進まず(遅いぞ!さぼるな!ちゃんとやれよ!なんてちょっと険悪な雰囲気)、
先生の助言、激励、叱咤(素直に聞くか、うぜ~っと思うか)、
ぎりぎりまで頑張る(もうあきらめようぜ、いやまだまだ!)、
完成!(ヤッタあ~、でももう少し時間があったら・・・)
いや、もっと複雑な心理的葛藤があったことでしょう。
こういう経験を1度でもしたなら、自分を主張すること、他人を支えること、思いやること、争い方や仲直りの仕方、苦しみと喜びの相関関係、作業と作品の因果関係を学び、家庭ですぐに、または後に社会へ出たとき役立てることができます。
そして最後に、努力は必ず報われることと、努力が時に報われない場合があることを学び、できることなら、くじけないことと希望をもつことの大切さも学んで欲しいと思います。
こんな経験をした人間が平気で他人を傷つけたりするわけがないと思うのですがどうでしょう?
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「7月4日に生まれて」というタイトルの映画をご覧になった方は多いでしょうね。
ロン・コーヴィックという1946年7月4日生まれの実在の人物による自伝を元に制作、1989年に公開した映画です。
内容は詳述しませんが、オリバー・ストーン監督の映画の中で、またベトナム戦争を扱った映画の中で、さらに主演のトム・クルーズ出演の映画の中でも、最高の出来だと思います。
まだ見てないという方は、是非ご覧ください。
さて僕は、コーヴィックより7年後の同じ日,札幌に生まれました。
しかし、7月4日がアメリカ合衆国の独立記念日だということを知ったのは、高校の世界史の参考書の中でした。
僕が好きだった欄外の「豆知識」のところに、自由の女神像の写真と共に記述されていたように記憶しています。
ニューヨークの「自由の女神」像を知らない人はまずいないでしょうけれど、その作者の名を言える人は多くないと思います。
作者は、フランスの彫刻家フレデリク・オーギュスト・バルトルディです。(な~んて偉そうに書きましたが、実は僕も名前を思い出せなくて調べました)
鉄と銅で作られたこの巨大な像は、1886年にアメリカの独立100年を祝して、フランスが寄贈しました。
その3年後1889年には、フランス革命後100年を記念し、パリに住むアメリカ人達が、少し小さくした女神像レプリカをフランスに寄贈し、セーヌ川に架かるグルネル橋のたもとに設置しました。
女神が左腕に持つ銘板には、革命のきっかけになったバスティーユ牢獄襲撃の日”1789年7月14日”の日付が刻まれています。
像はバルトルディ本人が制作し、除幕も彼自身が行いました。
そして2010年には、函館に自由の女神像が出現しました。
先月僕が函館に行ったときすでに設置されており、その違和感に「本気か?!」と思いましたが、本気だったようです。
現地では論議を惹き起こし、役所で取り上げ、新聞記事やTVニュースにもなっています。
サイトでも多くの人が意見を述べていますが、そのほとんどが景観上の問題について論じています。
そのひとつ、ギャラリー村岡の店主村岡武司氏のサイトをご紹介します。
この件に関して的確な意見を述べられています。
(写真も村岡氏撮影)
http://blog.gmuraoka.com/2010/06/post-120.html
もちろん誰もが目にする景観というのが最も実際的で影響も大きく重要な問題であることは確かなのですが、ものつくりの立場から言わせてもらうなら”作者を尊重して欲しい”と思うのです。この世界遺産にもなった著名な像の低級なレプリカを作るという行為自体も問題にしてしかるべきではないでしょうか。
アメリカ独立戦争も、フランス革命も、多くの人が血を流し、苦闘の末に自由を手にした人類史の重要なできごとです。
像の制作依頼を受けたバルトルディがこのことを考えずに作るはずはなく、「世界を照らす自由~Liberty Enlightening the World ~」(自由の女神像の正式名称)の言葉と像の形状には、深く真摯な意味が込められていると思います。
著作権の問題がないとしても、軽々しく利用するべきものではありません。
像の設置を発案した社長が、7月4日と14日の意味を承知していてあえてこの時期を選んだというなら、そこのところはちょっと認めようかという気持ちにもなりますが、多分違うでしょうねえ~残念!
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東京での初めての個展が終わり、引き続き開催した第2回目の個展も終わって、昨日北海道に戻りました。
後の会場が加賀友禅の店「ゑり華」さんの2階であったため、ご覧の通り和服姿の方々もいらして、梅雨の蒸し暑さも忘れる涼しげな風景です。
和服と共に写るステンドグラスがやはり和風に見えてしまうのが不思議です。
今回久しぶりに長く東京に滞在して気がついたことは、外国人の多さです。
一見して外国人とわかる人々のほかに、外見上ほとんど日本人と区別がつかない人々もいるわけですから、5人にひとりは外国人かという印象でした。
僕がフランスにいた時にも、そして今回東京でも思ったことですが、外国人(中でも西洋人)と日本人とでは歩き方に大きな違いがあります。西洋人が膝を伸ばしながら大股で歩くのに対して、日本人は膝を曲げたまま小股で歩きます。
これはどう見ても西洋風歩き方の方が颯爽として格好良いので、若い時に真似しようと努力した時期もありましたが、さほど努力の成果は残らなかったようです。
骨格構造や体型の違いがあるのでしょうか?
しかし、この小股歩きは和服には向いています。
逆に和服で大股歩きは格好悪そうですし、できないでしょうね。
会期中の雨の1日、「ゑり華」さんから傘をお借りして外に出ると、狭い路地で和服姿の女性とすれ違いました。すれ違う瞬間、女性が傘を僕と反対側に少し傾け軽く会釈をして通り過ぎて行きました。
かつて江戸の町を視察した西洋人が、美しい町並みと掃除が行き届いた通りの様子、日本人の歩き方の優雅さと細かな所作や気遣いといったものに感銘し、帰国後、「日本は独自の文化を持ち高度に発展した国であり、日本人は非常に洗練された素晴らしい民族である」と報告したという文章を読んだことがあります。
現在東京を訪れる多くの外国人たちが帰国後どんな感想を報告するのか気になるところです。
急に決まったことですが、いつも僕の展覧会を手伝ってくれている「ああっと工房」主宰の展覧会を横浜で引き続き開催しています。ステンドグラスも展示しますので、見逃した方はそちらへどうぞお出かけください。
27日まで。 http://www.st-glass.jp/archives/575
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ボザール・デザインビューローは
モンゴルにマツの植樹を行うことで
地球温暖化防止に貢献しています