なんだか近頃急に忙しくなって、完全にオーバーワーク状態です。
睡眠時間を削っても足りず、食事時間を短縮し、入浴時間をなくし(家族には不評です)、トイレに行くのを我慢してもまだ追いつきません。
かくなるうえは子供の行事に不参加にしよう、ということで本日土曜日は通常通り教室をやりながら自分の仕事も進める計画を立てたのですが、その目論見が生徒にばれて、「それはだめでしょ!」と一斉に反対され、あえなく教室も仕事も休みとなりました。
そんなわけで今日は朝から三女の運動会でした。
雲ひとつない青空の下、時折仕事の遅れを思い出しながらも、楽しい時間を過ごしました。
全校生徒が80数名の小学校ですから、応援席の場所取りもなく、父母はもちろん祖父母や卒業生や近所の保育園児まで競技に参加して、村の祭りのような雰囲気です。
応援席はテントを張ったりパラソルを立てたり、テーブルやイスも並べて好き放題。
手前の青と白のパラソルがわが家です。
明日は東京に出発だというのに、予定していた数の作品が作れませんでした。
「猫なんかいいんじゃない」「猫があったらなあ~」などという漠然としたリクエストにお応えして、猫作品を数点作るはずでした。
できたのは2点だけ、これはそのひとつです。(部分)
6月17日~21日まで、東京表参道近くにある加賀友禅のお店「ゑり華」さん2階のギャラリーをお借りして展示します。
今回は動物の作品が多く、猫の他にカワセミや牛やカエルや魚もいますから、是非ご覧ください。
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僕の住む江別市は札幌市のすぐ隣ですが、その境界線近くの江別市内に「酪農学園大学」があります。その名のとおり酪農を教える大学で、日本全国からその道を目指す学生たちが集まっています。
キャンパスには広い牧草地があって、この季節、長い冬の間牛舎で暮らしていた牛たちが気持ちよさそうに新しい草を食んでいるのが見えます。
札幌のような大都市のそばに、これほど広大な牧草地や畑を有している大学は世界中捜してもそうたくさんはないでしょう。
牛たちのすぐ横を、交通量の多い国道12号線が走っています。
先月のことですが、酪農学園大の教授からステンドグラスを2点注文いただきました。
題材はもちろん「牛」です。
ひとつは”ホルスタイン”、もうひとつは”日本短角牛”を主題にしてという依頼です。


”ホルスタイン”は、乳牛の代名詞と言ってもよいほどよく知られていますね。
但し、当然のことながら乳用に飼育されるのは雌だけで、雄は肉牛として活用されています。
体の模様は白地に黒班のように見えますが、実はその逆で黒色の地肌に白斑が入っています。


”日本短角牛”についてはあまり知られていないと思いますが、旧南部藩内に居た従来種にアメリカからの輸入種をいくつか交配して、1957年に”日本短角牛”と命名したのだそうです。
毛色は濃赤褐色単色です。
単色というのはエッチングで表現するのが難しく、少々苦労しました。
注文は2点ですが、難しいので練習も含めて4点作りました
僕が牛の絵を描いている最中に、宮崎県で口蹄疫が発生したとのニュースが流れました。
2000年にもやはり宮崎県で発生しており、北海道にも飛び火しましたが、このときは大事に至らず短期間で収束したように記憶しています。
しかし2001年のイギリスでは、あっという間に感染が拡大して、最終的に殺処分された家畜数は1100万頭にもおよび、被害総額は畜産業だけでなく観光業等も含めると1兆4千億円に達したそうです。
これがどれほどの被害かということは下記の数字を見るとよくわかります。
2009年の肉用牛飼育頭数は日本全国で約280万頭、県別では宮崎県が第3位で29万頭です。第2位は鹿児島県で36万頭、第1位はもちろん北海道で51万頭です。(5月22日の日経プラス1より)
同じく2009年の乳用牛飼育頭数は全国で約150万頭、その内の82万頭が北海道で飼育され、こちらもダントツの全国1位です。(帝国書院の出版物より)
数が多いのは自慢できますが、それだけ被害も大きくなるということです。
前出の酪農学園大学では、会議や品評会など一切の交流事業を中止して、口蹄疫の伝播を防ぐ体制をとっているとのことでした。
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展覧会が始まって二日目の夜、斉藤花さんが会場でミニコンサートを開いてくれました。
斉藤花さんといえば、知る人ぞ知る近頃売れっ子のシンガーソングライターで、日立製作所のWOOOシリーズやニベアのCMにも起用されています。
実は、ギャラリーのオーナー松谷芙美さんの姪なのです。
20名も入ればびっしりという場所で、著名なギタリスト間宮工さんとのセッションを、合計でたっぷり2時間も聞かせてもらいました。
う~ん、なんと言う贅沢!!!
合間には、芙美さんの姉淳美(アツミ)さんの手料理がふるまわれ、こちらもまたすばらしかったです。(食べるのに夢中で写真を撮り忘れました)
因みに松谷淳美さんはピアニストで、駅構内でのコンサート活動(通称駅コン)を日本で最初に始めた人です。


さらにもうひとつ、花さんのお兄さんが渡辺仙伺(センシュウ)さんという華道家で、花を2箇所に生けてくださいました。
28歳らしい若さ溢れる作品です。
花ちゃんと仙伺くん(突然呼び方が変わってしまいましたが、ただそばで見ていると普通のかわいい兄妹なのです)が突然早口の英語で会話し始めて、ちょっとびっくりしました。
二人ともオーストラリア育ちなので、当然のことなのですが。
”Bienvenue chez nous(ようこそ わが家へ)”の名のとおり、”ようこそ 松谷家へ”という一夜でした。
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一昨日から東京に来ています。
新宿区神楽坂近くのアートスペース「Bienvenue chez nous」にてステンドグラスの展示作業をしています。
5月1日にオープンしたばかりのこのスペースは、フランス製のアンチックな家具に囲まれ、フランスの絵画が壁を飾り、時にフランス語が飛び交って、パリのアパルトマンに居るのかと錯覚するほどです。
小さな空間ですが、ギャラリーやコンサート会場として、またフランス語教室や料理など各種講習会を開いたり、集まってお茶を飲んだりと幅広く多目的に活用する予定です。
ギャラリーの第一回企画展として、僕のステンドグラス展を開催していただくことになりました。
オーナーの松谷芙美さんとは、30数年前、夏期講習のために出かけた南フランスのニース大学キャンパスで出会いました。
なあんて言うとちょっと格好良さ気ですが、そのころ金のなかった僕が学食のチケットを安く手に入れようと食堂入り口で待ち構えていたとき、最初にやってきたのが芙美さんでした。
(夏期講習の学生と正規の学生とでは、チケットの価格が倍も違うのです。当時、正規の学生用チケットは一枚200円くらいでした。因みに、フランスの学食はどこでもスープからデザートまで揃って、しかも選択可能なフレンチのコースでしたが、その中でもニース大学の学食は格別に立派でした)
それ以来芙美さんとは、パリで再会し、僕の帰国後日本で偶然にも出会い、新婚旅行中パリでまたまた出くわして、今年東京でギャラリーを捜していたら、芙美さんが20年ぶりに帰国してギャラリーを開くということで、よほど縁があるらしいのです。
急な話で時間がなく、新作は1点しかつくれませんでした。
タイトルは「Bienvenue」、英語のWelcomeに相当するフランス語です。
スペースの入り口に常設され、訪れる人を明るく優しく暖かく出迎えるためにデザインしました。
何と読んだらよいのかわからないスペースの名称にある”chez nous”は”わが家へ”という意味ですから、”ようこそ わが家へ”というのが日本語の意味です。
「読み仮名を付けたら?」と僕は芙美さんに進言したのですが、「カタカナ読みのフランス語を聞くとゾッとする」ということで即座に却下、長い間パリでフランス語を教えてきた芙美さんにはこだわりがあるのです。
内緒で教えますが、「ビアンヴニュ シェヌー」と読みます。
勇気のある方は、展覧会を見に来て発音してみましょう。
展覧会の詳細は、展覧会ページへ。
http://www.st-glass.jp/archives/558
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「幸せになりたい」って誰もが思うことです。
でも何が幸せかは、人によって随分違うものですよね。
1983年の春、東京、赤坂のドイツ文化会館で催された「世界のメルヘンクラフト」展に出品することになった時、僕は即座に「青い鳥」を題材に選びました。
今にして思えば、この作品には様々な思いが込められています。
まず、1981年に帰国して以来、初めての創作であること。
初めての展覧会出品作品であること。
パリでステンドグラスの勉強をしているころから持ち始めていた”青”と”正方形”への執着を具現化したデザインであること。
フッ化水素酸によるエッチングという技術の可能性に気がついて、心ときめかせていたこと。
そして初めて売れた僕の作品でもありました。
チルチル、ミチルが1年もの間彷徨って捜し求めた青い鳥は、結局我が家にいたという、いかにも象徴的なストーリーは誰もが知るところで、”青い鳥症候群”なんて言葉も生まれたほどです。
でも”青い鳥”って一羽じゃなくて、たくさんいたっていいんじゃないか、っていうのがその当時の僕の考えで、それは今でも変わっていません。

色々な青い鳥を描いて、展覧会をすることにしました。
世間では、景気さえ良くなれば皆が幸せになれるようなことを盛んに言ってるけれど、これは大きな勘違いだと思う。
ありきたりのことを言うようですが、社会の豊かさ、人の幸せというのは金で決まるものではありません。
貧乏でも病気でも、頭が悪くて体力も無くても、ひねくれものでほとんど友人もいなくたって、それでもその人なりの幸せな生活をおくることができる、そういう”多様性”を認めることが最も重要なんだと僕は主張したい!(自己弁護ではありません)
「青い鳥」展は、
4月13日~23日まで、
江別のウッドいのうえで、
4月26日~5月22日まで、
函館のギャラリー村岡で、開催されます。
モーリス・メーテルリンクが1908年に発表した「L’oiseau bleu(青い鳥)」は、舞台で上演するために書かれたものです。しかしその後、童話や絵本として世界中に広まり、元々は戯曲だったということが忘れられているみたいです。
童話や絵本の結末はたいてい、青い鳥が実は自分の家にいたのだというところで終わっていますが、原作ではもう少し続きがあって、やっと見つけた青い鳥は飛んで逃げていってしまうのです。
原作の舞台では、最後にチルチルが観客に向かって訴えます。
「どなたかあの鳥を見つけた方は、どうぞぼくたちに返してください。ぼくたち、幸福に暮らすために、いつかきっとあの鳥がいりようになるでしょうから」(堀口大学・訳)
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ボザール・デザインビューローは
モンゴルにマツの植樹を行うことで
地球温暖化防止に貢献しています