雑記帳
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トイレの神様ーその2ー

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トイレにまつわる僕の最初の記憶といえば、小学校に上がる前、多分5歳か6歳のころの体験です。
母の実家が札幌の中心地にあり、よく泊まりがけで出かけていましたが、そこは典型的な長屋の造りで、木造平屋建ての家屋が連なって小さな広場を囲んでおり、広場には井戸と共同の便所がありました。
”トイレ”などと気取った呼び方をするようになったのは大分後のことで、そのころは普通に”便所”と言ってました。

その便所というのはもちろんすべて木製で、まだ陶製の便器などというものはなく、木の床に結構大き目の穴が開いていて、左右に足を乗せる板が貼ってある程度、おそらく世界共通の基本形便所でした。
床の穴に合わせた木の蓋はありましたが、それでも夏場のアンモニア臭は目を開けるのもつらいほどでしたし、冬場は便が穴の底で凍りつきピラミッドのごとく競り上がってきて、大人がそれをスコップで突き崩していた様子を覚えています。

さてそのころの僕はすでに不眠症の兆候を示していて、家族が寝静まった後もひとり天井を見つめたまま、異様に大きく感じるチクタクという柱時計の音を聞きながら眠くなるのをじっと待ちました。
時折、眠くなるより前に尿意をもよおすことがあって、そのときは困りました。なにせ便所は家の外、広場の向こう端にあり、広場には裸電球がひとつ、ぼんやりと真下を照らすだけで、便所の中に照明はありませんでした。
さすがにひとりで便所まで行く勇気がなくて、隣で寝ていた祖父を起こしては便所まで付いて来てもらうということを何度か繰り返したのでしょう、たまりかねた祖父があるとき僕に言いました。
「便所には神様がいてな、子供を守ってくれる。だから安心してひとりで行ってみな」
「ほんとに?便所のどこにいるの?」
「ん~、・・・そりゃ下だろ、便槽の中だろうな」
「えぇーっ!?そんなきたないとこ?」
「神様だから汚れないんだよ」

祖父の話を信じた僕は、あるとき勇気を振り絞って真夜中にひとりで便所へ出かけました。明るい月が広場を照らし、裸電球の周りに蛾が飛び交う真夏の夜でした。
「神様がいる、神様がいる・・・」と自分に言い聞かせながら便所の扉を開け木の蓋をどけると、なんとそこには確かに神様が見えました。

最近よくテレビで見るのですが、若いタレントが、おそらくは所属事務所の指示でしょうけれど、霊が見えるとか宇宙人に会ったとか前世のことを覚えているとか、明らかに作り話とわかるような内容の話を平然と語ったりしてますね。
「売れるためなら何でもありか!?」と不愉快な気分になったりもしますが、僕の話はそういうのとは違います。
間違いなく見たのです。

ステンドグラス トイレの神様便所の蓋を除けると、わずかに月明かりが差し込む便槽の奥に小さな二つの光る点が見えました。
僕は瞬時にそれが神様の目であることを理解し、じっと覗き込むと、その光る点が何度か瞬きして確かに目であることがわかりました。
ステンドグラス トイレの神様僕は何故かその話を祖父にもその他の誰にもしませんでしたが、その後も何度か光る目に遭遇し、ときにはその目が4つのこともあり、便所にはいつも神様が居ると信じることができました。

結局、神様の体が見えたことは一度もありませんでしたが、僕の想像の中でその姿は、毛深くて耳の立った動物のような様子をしています。

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