雑記帳
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幸せの形

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10年前に引っ越してきた今の家には、裏手に広い庭があります。
しかし当初そこには木が一本もなく、真新しい大きな切り株だけがあちこちに見られるという少々淋しい風景でした。大家さんの話によると、あまりに木が大きくなりすぎて、隣の畑に根を張ったり葉を落としたりで迷惑がかかるようになったため、すべて根元から切り倒したということでした。

翌年の春、切り株のひとつから数本の細い枝が生えてきました。僕はそれが何の木なのか知りたくて、一番太くまっすぐ伸びた枝一本を残し、他は切り落としました。

さらにその翌年の春から木はどんどん成長して、秋には僕の身長よりわずかに高くなり、三個の実がなりました。なんとそれは栗の実でした。木の大きさのわりにはやけに大きく立派な実がなり、それは相当に大きかった筈の親木の根をそのまま使っているからだろうと納得がいきました。そのころ折り良く、畑だった隣の土地にアパートが建って、木の根や葉が迷惑をかける心配がなくなったため、その栗の木を育てることにしました。

それから7年、栗の木は2階の屋根を越える大きさに育ち、数百個のイガをつけるようになりました。木の大きさの割には、やたらにイガの数が多いのです。

イガが茶色くなるまで放っておくと空中で身をはじきます。
強い風が吹くと一挙に数十個のイガが地面に落ちるので大忙しになります。
ひとつのイガから3個の実がとれ、これが1週間~10日ほど続きますから、計算すると千個ほどの栗の実が採れることになります。千個の栗は到底我家だけで消費できる量ではなく、ボザール教室や、知人友人近所の人、娘のバイト先まで配ってもまだ余るほどです。

栗を茹でるには最低40分の時間がかかるため、我家で茹でてから差し上げるようにしています。

栗が嫌いだという人はほとんどいないらしく、誰もが満面の笑みを浮かべて喜んでくれます。

やはり我家の庭で採れるウドやミツバ、葡萄を差し上げたときより笑顔が大きいようです。

 

 

一本の栗の木が大勢の人を、一瞬でも幸せな気分にさせてくれる。

そう思いながら栗の実をしげしげと眺めると、そのぷっくりとした曲線、香しい茶色、誘うような光沢、どれをとっても幸せに繋がっているような気がしてきます。

 

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