14年ほど前のこと、札幌の工房が手狭になり、新しい場所を探して隣の江別市にやってきました。あちこち紹介されて見回ったけれど、どうにも気に入ったところがなく、あきらめかけていたら 、閉店したばかりの酒屋があるとの情報を得て、あまり期待せずに見に行きました。
物件は確かに酒屋だったようで、1階はガラス張りの店舗、2階は住居、3階まであって、そこはだだっ広い物置と、奥に怪しげな隠し部屋がありまし た。1階のコンクリートのたたきには、そこかしこに酒瓶が散らばっていて、隣接のガレージと酒蔵も酒瓶だらけでした。きれいに片付ければまずまずの広さ で、好きなように改装してよいという条件も好都合です。その他にも、JRの駅に近いとか、家の前に大きな融雪溝 があるとか、隣が飲み屋、斜向かいが釣具屋、裏手には北海道一の大河である石狩川と、数十万匹の鮭が上る千歳川の合流点があることも気に入りました。即決でここを借りることに決めました。
しかし、僕が何よりも気に入ったのは、道路をはさんだ真正面に広がる広い空き地でした。中学校の野球場が2面取れるくらいの広さです。公園ではなくただの空き地。工房があわただしく移転したのは、3月の末頃、まだ雪が残っていました。
僕はこの空き地を、工房の庭と考えることにしました。ただ考えるだけにとどまらず、誰彼となく「うちの広い庭」 の自慢をし、実際自由に使っていましたから、中には本気にする人もいたようです。
最初の年、庭にどんな花が咲くか写真を撮りながら観察することにしました。まだ雪が溶けきらないうちに咲き始めるのはクロッカス、次にスイセン、その次はタンポポと思っていたら、ちいさな白やピンクの花が先に出てきました。人に聞いたら、雛菊だと教えられました。英名ではデイジーです。子供の頃に札 幌でも咲いていた記憶がありますが、今ではほとんど見られなくなりました。
タンポポが咲いてもまだデイジーは咲き続けます。丈の高いタンポポの間にちらほら見え隠れするデイジーは、かわいらしくもひ弱でけなげで寂しそうにさえ見えて、僕の父性本能を刺激しました。僕は、このデイジーを庭一面に咲かせようと決心しました。
その日から、14回目の春を迎えました。暇を見つけてはあちこちに移植させたデイジーは、年々その領土を広げ、今では空き地の3分の一ほどを占めるようになりました。それはそれは見事なものです。
今年は、このデイジーをモチーフにして作品を作ることにしました。
僕がデザインをするときは、その前にしばらく瞑想に耽ります。というのは少々かっこつけすぎで、有体に言うと、過去の記憶の中に何か使えそうなものはないかと、狭い引き出しの中を隅々までひっくり返して捜索するのです。 そうしてまず最初に見つけたのは、ウィリアム・モリスの壁紙。デイジーの美しいシリーズがあって、色違いを一通り揃えたことがありました。しかしこれは使 えません。絵を描こうというときに他の絵を思い浮かべるのは、直接的すぎて反って邪魔になります。
30年ほど前の話ですが、英国にウィリアム・モリスのステンドグラスを見に行ったことがありました。そのときに見た一枚のステンドグラスは、中央に少女が一人寂しそうに立っていて、その周りに小さな花がいくつか、シルヴァーステインの黄色に彩られ散らばっているような図柄でした。
そのステンドグラスには何の説明もなかったけれど、僕はこの少女はルーシー・グレイだと思いました。ルーシー・グレイはワーズワースの詩篇に登場す る少女で、 吹雪の荒野で息絶えたあともなお、その清純な魂が荒野を彷徨う様が美しく詠われています。「嵐が丘」の最後の場面にも共通しますが、嵐が丘なら当然ヒース であるのに対して、現在の僕のイメージでは、ルーシー・グレイは何故かデイジーと結びついています。僕の勝手な想像でルーシー・グレイは、デイジーに姿を 変えて荒野に生き続けており、毎年一輪だけの花を咲かせます。
さらに妄想は続く・・・。
モリスのステンドグラスに描かれていた小さな花もデイジーだったような気がします。(どんな花の絵だったか全く記憶にありませんが)
ブロンテ3姉妹はワーズワースの詩から多くの着想を得たのではないでしょうか。「ジェーン・エア」にも「嵐が丘」にもワーズワースの詩に共通するイメージが感じられます。(どちらもちょっと暗い)
三番目のアン・ブロンテが書いた「アグネス・グレイ」は、もしかして「ルーシー・グレイ」のことかも。(読んでないので全く根拠がない)
三人とも夭逝したのがデイジーのはかなさを思わせます。(ほとんどこじつけ)
僕の妄想は英国から離れられません。
ビートルズの名曲「ルーシーインザスカイウィズダイアモンズ」がルーシー・グレイを歌ったもののように思えます。(歌詞の意味はもともと不明だから、どう思おうと構わないでしょう)
この曲を聴きながらデザインをすることに決めました。
孤独なルーシーは、デイジーに姿を変えて天に昇りダイヤモンドたちと共に光輝く・・・。
仕事は調子よく進みましたが、50回ほどリピートしてさすがに飽きました。
チェンジザミュージック。
僕は仕事のとき、特にデザインをするとき、必ず音楽を流します。想像力が刺激されたり気分が高揚したりして、気持よく仕事が進められる音楽というの があって、かつてはビートルズだったりビーチボーイズだったり、レイ・チャールズやクロード・フランソワだったりしましたが、最近はさだまさしさんです。 さださんの曲にずばり「デイジー」というのがあって、最後はこれで盛り上がろうと決めていました。
ドラマチックなメロディーに誘われて様々な映像が目に浮かびます。
ステンドグラスを透して床に落ちた光・・・、
モリスの壁紙に飾られたホテルの部屋・・・、
ヒースの丘に咲く一輪のデイジー・・・、
さださんの「デイジー」の歌詞は聞こえたり 聞こえなかったり、
~ 忘れないで 僕だけは君の味方
~ たとえ別れても 愛は変わらない
工房の向かいの空き地・・・、
一面に咲き誇るデイジー・・・、
もう寂しくはないはず
~ 忘れないで いつまでも君の味方
~ たとえ世界を敵に回しても
春風にいっせいにたなびくデイジー 、
今年もあと2週間もすればこの風景を目にすることができます。
しかし、さださんのデイジーは、
~ 逆光線に揺れてた ”鉢植えの” デイジー
でした。
「春の訪れ~デイジー~」展は、
2008年4月 21日より5月10日まで、
函館のギャラリー村岡で、
5月13日より25日まで、
江別のウッドいのうえで開催されます