雑記帳

トイレの神様ーその3-

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便所で神様と目を合わせたのは真夏のことでしたが、その年の冬、さらに神様を信じるに足る決定的な事件が起きました。

すでに雪がたっぷりと積もった真冬の夜中、一人きりで便所に行けるようになった僕は、その夜も素足に下駄を履いて広場へと向かいました。
広場では、積もった雪の中に長屋から便所までの細い道ができていましたが、その夜は少々雪が降って道が消えかかっていました。
新雪を踏みしめて便所に到着、扉を開けて木の蓋を除ける・・・その直後、どういう加減からか僕の体は床の穴の中にすっぽりと落ち込んでしまいます。かろうじて両肘を広げて体を支え、完全に便槽の中へ落ちることは免れたものの、穴の上に這い上がるほどの力はありませんでした。
何度も「助けて!」と叫びましたが、母屋とは離れており、また誰もが熟睡している時間帯だったのでしょう、助けが来ることもなく、かなりの長い時間をそのままの姿勢で過ごしました。
やがて体が冷え切って腕の感覚がなくなり、声を出す元気もなくなったころ、着ていた寝巻きからずるりと体がすべり落ちて、そのまま便槽の暗闇の中へ落下しそうになりました。
そのとき両足の裏に何か硬いものが触れた感触があり、次の瞬間僕の体はグイと浮き上がって、便所の床の上に跳ね上げられていました。

その後のことは全く記憶にありません。
どうやって母屋に戻ったのか、下駄をどこにやったか、汚れた寝巻きはどうしたのか。
かろうじて覚えているのは、お湯をはった金属製のたらいの中に足を浸して眠くなったことくらいです。

ステンドグラス トイレの神様この事件について、当然のことながら僕は便所に住む神様が助けてくれたと思っていましたが、神様のことは誰にも話してはならないと決めていたので、そのときは黙っていました。
幸いに、どうやって助かったのかとしつこく聞いてくる大人もいませんでした。

その数年後くらいに、親類が集まった折、この事件の話になりました。
僕は真相を追求されたらどうしようかと、内心緊張しつつ大人の様子を窺っていましたが、そこで僕の若い叔父の話を聞いて驚きました。

叔父が言うには、寝ているときに子供の声が聞こえて目が覚めた、広場から聞こえたような気がして便所へ行ってみると、僕が床の穴にはまったまま寝ているのを目にし、慌てて引きずり出した、と言うのです。
いや~手にウンチは付くし、汚くてたいへんだったぞ、と大笑いしながら言うのですが、僕の記憶とは全く違っていました。

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