雑記帳

できることをやろう2014ーその3-

2014年12月23日
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支援活動3日目、12日(金)は、今回の旅の主目的とも言える相馬保育園訪問です。

3.11東日本大震災の被災地域はあまりに広大です。福島の原発被災地に限って見ても、かなりの広範囲に渡っており、僕たちが集めたわずかな金銭や食料は、砂漠にまいた一滴の水のごとく、あっという間にどこかへ吸い込まれて消えてしまいそうでした。そこで、支援する側とされる側、互いの顔が見えるようにしたいということになりました。さらに、支援するされるという関係を取り払って”交流”ができたらな、というのが我々の願いです。そんな時、たまたま縁のあった相馬保育園の苦境を知り、タングロン支援基金の対象とすることにしました。

 

地図を見て分かるとおり、相馬市は原発被災の避難地域に指定されていません。

この避難地域指定に関しては様々な問題が指摘されています。

避難する所としない所、どこかで線を引かなければならないとしても、それがちょうど市の境界線で良いわけはありません。

相馬保育園は、避難地域に指定されている飯舘村から10㎞、旧避難準備区域の南相馬市からは6㎞しか離れていませんが、様々な事情から避難することができず、または避難する必要がないと言われ、毎日放射性物質が降り注ぐ中、子供たちの保育を続けなければなりませんでした。

その時園長だった中江千枝子さんは、なんとしても子供たちを放射能から守ろうと自らスコップを持って園庭の土を削り、園舎の屋根に上って除染作業をしたそうです。

その後園では、園児を外で遊ばせることことが一切できず、窓を開けることさえできないという 状況が日常となりました。

 

園の職員や保護者たちのストレスが相当なものであることは間違いありませんが、最も大きなストレスに晒されているのは子供たちであることも容易に想像できます。

第一回目の支援以来続いているのは、まずタングロンの提供、野菜などの食料提供、玩具のプレゼント、そして笛や太鼓の演奏をし一緒に遊ぶこと。今回は事前に300㎏の玉ねぎを北海道から送付しています。玉ねぎは恵庭のアグリ企画吉田農場のご好意による寄付、その送料をどうしようかと困っていたら、助けてくれたのは恵庭郵便局の職員の方々、局内で支援金を集め郵便局から送っていただきました。

 

当日は朝8:30園に到着し、まず園児135名と職員28名分のタングロンをお渡ししました。

その後は広い遊戯室でコンサート。

小野さんが笛を吹き、僕は太鼓を叩いてお手伝いしました。

途中から踊りも加わり、和田信智現園長や保育士さんたちが積極的に参加してくれたおかげで子供たちは大興奮!

少しはストレス発散に役立ちましたでしょうか。

 

一時間ほどの楽しいときを過ごした後、園児たちから思いがけないプレゼントをいただきました。

吉田農場と恵庭郵便局のそれぞれへ感謝を込めた画文集、それから僕たち二人の首にありがとうメダルをかけてくれました。

ー続く

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