雑記帳

夢見る現場ーその1ー

2013年1月15日
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僕の父親は、元々高校の教師をしていましたが、どういう事情からか僕が生まれるより前にタイル職人に転職しました。その後左官タイル業として独立し、さらに大工とコンクリート製品製造を加えて総合建築会社となったのは僕が小学生高学年の頃だと思います。
僕は小学生の時からくぎ抜きなどの簡単な手伝いをして小遣いをもらってましたが、中学生になると大工や左官タイル職人のテコ(助手)をやるようになり、高校生では現場にも出るようになりました。

会社と一体化していた我家には職人たちが大勢住み込んで寝食を共にし、水道・電気・家具・塗装など他業種の人々との交流も盛んで、僕には当時まだ華やかで勢いのあった建築業の世界にどっぷりと浸かりながら育ってきたという実感があります。当然の流れとして僕が父の会社を継ぎ、業態の中に不足していた設計部門を担当するというのが周囲の暗黙の了解事項となっていました。しかし僕は早くも高校卒業前に脱線し、画家になりたいとか仏語教師になりたいとか料理人になりたいとか右往左往したあげく、すべてを合体したような現在の仕事に落ち着きました。

僕と同業の方々の多くは、ステンドグラスをガラス工芸とかインテリアの装飾品、またはアート作品として扱っているようですが、育った環境のせいか、僕はどうしても建築の一部としてしか考えることができません。時々自分の職業を書類に表示する機会がありますが、そういうときはいつも”建築業”と記入しています。”建築デザイナー”と表記することもあるけれど、別に気取っているわけじゃなく、”ガラス工芸家”とか”アーティスト”という言葉にはどうも馴染めないし、たまにステンドグラス以外の仕事をすることもあるものでそうしています。

しかしステンドグラスの仕事は、僕が体験してきた大工や左官タイル業とは違って、建築現場で作業をするということがほとんどありません。下見の後は、すべて工房内の作業となり、取り付けのために2回目の現場訪問をするのみです。
トンネルの土木工事をした作業員が「あのトンネルは俺が掘ったんだ」と言ったり、橋脚の溶接をした職人が「俺の架けた橋」なんて自慢げに言うのを聞くと羨ましく思ってしまいますが、それはその人たちがその現場で長い間実際に作業をしていたからこそ持てる意識でしょう。「俺が作った建物」とはなかなか言えないステンドグラスの仕事を少々残念に思う気持ちがあります。

以前雑誌の取材で、「ステンドグラスを作っているときに何を考えながら作業していますか?」と聞かれて、答えに窮したことがあります。「何も考えずに制作に集中しています」とでも答えればスマートだったかも知れませんが、それも嘘のような気がしました。しかし最近になってようやくその答えを見つけました。ただ素直に自分の心の中を覗いてみれば良いだけのことでした。
次に同じ質問をされたら、「僕は常に取り付け先のことを考えています。そのステンドグラスを建物に設置したときの様子を夢見ながら作っています」と答えるつもりです。離れた所で仕事はしていても、現場で働く人々同様、自分もその建物を作る作業員の一人なんだと思いたいのです。

今現在僕が夢見ているのは、本州の病院建築現場です。昨年10月に下見に行きましたが、そのころの喧騒とした様子とは違い、今は着々と静かに完成へと向かっている頃だろうと想像します。
僕の仕事の納期は2月中旬、すでに昨年より制作に取り掛かっており、今週ようやく半分を終えたところです。この先完成した部分を順次お見せしながら、主にデザインについての説明をしていきたいと思います。そうすることによって、多少は同業の方の参考にしてもらえるかもしれないし、業界以外の方に新たな興味を持ってもらえるかもしれません。
なによりこの仕事に深く関わってくれているコーディネーターの方々や現場の方々と意識を共有できることが嬉しいです。あわよくば、建築工事の一員として認めていただき、「あそこの病院は僕がやったんだよ」と言わせてもらおうと思っています。

ー続くー

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