雑記帳

続・それぞれのココペリ

2016年10月24日
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北米先住民の精霊「ココペリ」としばらく遊んでみようか、という話がまとまったのは今年の春過ぎ。夏には「木とガラスのココペリ講習会」をやりました。
参照→「それぞれのココペリ」

「なぜココペリなんですか?」と聞かれることがあります。それはもちろん、インディアンフルートの制作と演奏をしている小野昭一氏の誘いがあったからに違いないのですが、それだけでは理由になりません。小野氏にとって、ココペリと関わることはごく自然な流れでしょうけれど、僕にとっては何ら関わりがなく、ココペリをデザインする必然的な動機がないのです。しかしその”関わりがない”ということが、ココペリと遊ぶ動機になっているとも言えそうです。
少々ややこしい話になるので、「なぜココペリ?」という質問をされた方に対しては、きちんと答えたことが一度もないのですが、ここに書き記しておこうと思います。

40年近く続けているステンドグラスの仕事の中で、これまでに何度かお断りしている提案があります。それは”アイヌ模様をステンドグラスにしたら?”というものです。提案する方の大半は、僕が北海道出身だから”地元の伝承文化を大切にするのは良いことだ”という考えからのようです。
こうした善意の提案に逆らうのは、なかなか勇気のいることです。小心者の僕は「そうですねえ、そのうち考えてみます」なんて言いながら誤魔化してきましたが、近年になってやっと「やる気しないなあ~」と本心が言えるようになりました。

生まれも育ちも北海道、小学生の時は、教科書でアイヌ民族の歴史を学んだり、「ピリカピリカ」を歌ったりしたものの、その後アイヌ文化ともアイヌ人とも接触はなく、せいぜい家の玄関に木彫りの熊がひとつ置いてあったくらい。その熊だって比較的最近、観光用に始めたことらしいです。数十年北海道に居ても、アイヌ文化との繋がりと言えば、”サッポロ”や〝エベツ”や”シレトコ”など、アイヌ語由来の地名に親しんでいることぐらいしかありません。

ましてや僕はアイヌ民族を蹂躙した和人の子孫であり、これまでなんら貢献することも関わることもなく過ごしてきたのに、今更自分の仕事にアイヌ文化の遺産を利用するなんてできるわけがない、と思うのです。

では、”ココペリ”はどうか?アメリカの先住民もまたアイヌ民族同様、またはそれ以上に激しい侵略にさらされた悲惨な歴史があります。しかしその歴史と僕との間には、アイヌ民族との間にあるような微妙な関係は一切なく、深刻に考え過ぎなければ、ココペリの姿も一種のキャラクターとして見ることができます。

なんと無責任な!と、ある筋の人たちからは叱られそうですが、事実なんだから仕方ありません。要は、”ココペリ”くらい離れてしまえば気楽に”遊べる”ということではないでしょうか。

 

そんな気楽な展覧会「ココペリ展」の第1回目を、地元江別市で10月11日~15日までやりました。

小野さんと僕ともう一人、札幌の蜜蠟キャンドル作家小中由紀子さんが一緒でした。

これはその時のDMです。

 

かつてボザール教室の生徒で現在京都市在住の大平直美さんにデザインしてもらいました。

2回目は大阪です.

こちらのDMデザインも同じく大平直美さんです。

大阪展では、小野さんと僕の他に、神戸市在住の画家あおやまあきらさんが参加してくれることになりました。

会期中のイベントも満載です。

どうぞ遊びに来てください。

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