絵付け技法がデザインの主体になっているステンドグラスを制作する場合は、全体のデザイン画の他に、絵付け部分の実物大下絵を用意する必要がある。
「19世紀英国スタイルパネル」においては、方向性の違う三種類の植物画「メインモチーフ」「縁飾り」「野の花」が一緒になってひとつのデザインを構成している。教室で教えるための設定だった。
このステンドグラスパネルの中心になるのは、当然のことながら真ん中に大きく位置している紫色の花だ。”クレマチス”をモデルにしているけれど、実物の形態にはこだわらず自由にデザインしたから、想像上の花と言ってもいい。
主役として目立つことを必要とする部分であり、花や葉を一枚づつガラスカットし鉛桟で取り囲むことで力強い表現になる。そこにエッチング技法を加えることも主役を引き立たせる効果がある。
この部分にも絵付けはするが、そのための下絵は必要としない。ガラスカット自体がすでに絵の輪郭を形作っているからだ。
ガラスにはカットできる形や大きさに制限がある。花と葉の部分はもちろんだが、その周囲のガラスの形も調整しながら、格子の線をうまく利用してカット位置を決める。
ただカットできれば良いというわけではない。美しい形にしなければ意味がないのだ。
ステンドグラス独特のデザイン技法として「縁飾り」がある。
西洋の伝統的ステンドグラスでは、メインの絵柄を帯状の幾何学的装飾が取り囲んでいるのだが、これは単なる”飾り”ではない。ガラスを透して見えるものと、ガラスを透過してくる光との視覚的効果を考え、さらに強度や修理、取り付けや移設の問題までを経験値として積み上げてきた知恵のひとつだ。
その知恵をスタイルとして踏襲し、この部分には”半幾何的な植物模様”をデザインすることにした。
モデルとして使ったのは、工房がある江別市のいたる所に見られ市木にも認定されている「ナナカマド」の葉と実の形だ。
ちょうど今は、工房前のナナカマドの樹に実が付き始めて、絵のモデルとして最適な時期だ。
一度は描いた絵だが、実物を参考にしながらもう一度下絵を描く。
本当は、実が付くと重くなって枝は下に垂れ下がるのだけれど、あえて上向きにしてある。
メインモチーフのバック、つまり格子状にカットしたガラスには「野の花」を描く。黒または茶色の絵の具で線と調子を描き、彩色は黄色だけというのがこのスタイルの特徴だ。
英国式庭園というのは18世紀に始まったものだが、自然を賛美し自然の風景を取り入れようとした。同時代にフランスで主流だった整形式庭園の人工美とは対極にある。
そのスタイルは19世紀には定着しており、ステンドグラスの表現にも大きな影響を与えていたに違いない。メインの花を引立てるつつましい役柄には「野の花」がふさわしい。
教室の課題として、できれば実物を写生して欲しかったので、北海道に自生する野の花をモチーフにしたことを覚えている。でもほとんどの花の名前を思い出せない。
図鑑で調べた。
スマホのアプリも使って確認してみたが、ちゃんと正解が出てくる。正しく描かれているということの証でもあって安心した。
図鑑の写真とステンドグラスの写生を見比べながら、もう一度原画を作った。
―続く