作品コンセプト

タンポポと戦う ー後編ー

このエントリーをはてなブックマークに追加

消えつつあるエゾタンポポを守って自宅の庭で繁殖させようという思いつきは、どこか正義を貫くような快感があって、どれだけ大変であっても実行する価値のあるアイデアのように思えました。幸いに、と言ってよいかどうか分かりませんが、隣接地の畑は地目変更があり、我が家の庭をぐるりと囲むようにアパートが建ち、アスファルトで固めた駐車場もできましたから、タンポポの種の飛散を心配する理由が希薄になっていました。さらに、エゾタンポポならば開花期が5月~7月と短く限定されているし、西洋タンポポに比べて種が重く、遠くに飛ばないということも好都合に思えました。

その年からより本格的なタンポポ絶滅作戦を実行に移しました。つまり根を切ってもだめなら、丸ごと引き抜いてしまおうという単純だけれど大変な作業 でした。大きな株の根は、50cm以上も下に伸びており、きれいに引き抜くのは容易ではありません。30cmくらいまでスコップで掘り、そのあと引き抜くのですが、うまくやらないと途中で折れてしまいます。地面が濡れているほうが抜きやすいということがわかって、雨の日に合羽を着て作業することもありました。二つあるコンポストの中は、タンポポの根でびっしりになりました。その年は暖冬で、雪が降ってもすぐ溶けて消えうせるため、12月中頃まで作業を続けることができました。

翌年の春、つまり去年の4月のことですが、 雪が消え失せ、クロッカスやスイセンが咲き始めたある日、僕は準備万端、勇んで庭に出ようとしていました。前年にどれだけタンポポの根を抜いたとしても、 完全に始末できるわけもなく、放っておけばまたたくさんのタンポポが現れるのは想像がつきます。そこで最後の秘策として準備していたのは、ブルーシート。 建築現場用のブルーシートを庭全面に敷き詰めて、光合成をさせないという兵糧攻めを決行することにしたのです。しかしその直後、思い出すのもいやなくらい悲惨な運命が待っていました。

ブルーシートを持って、勢いよく踏み出した左足がいきなり数十センチの深さに落ち込みました。その瞬間ボキッと鈍い音がして、足首が妙な形に捻じ曲がり、くるぶしから穴の底に着地していることがわかりました。足首は見る間に赤紫色に腫れ上がって、その日は歩くこともままならず、翌日病院へ行き検査、骨折はしていなかったものの重度の捻挫で、まともに歩けるようになるまで2ヶ月、完治は半年以上先になるだろうということでした。深い縦穴は、前年に冬季保存用の大根を埋めた跡で、暖冬のため大根は腐って溶けてしまい、穴だけが残っていたものでした。そういえば厳寒の頃、雪を掘って大根を捜したら一本も見つからず不思議に思っていたのです。僕はすっかり意気消沈、戦う気力を失ってしまいま した。

肝心の「タンポポ」展の話ですが、足を捻挫する前にすでにタンポポを図柄にしたステンドグラスをいくつか作っていました。但しそれはすべてエゾタン ポポを描いたもので、 応援と愛着の意味が込められていました。

ある晴れた日、捻挫した足を引きずって久方ぶりに庭に出てみると、予想通り、すでにたくさんのタンポポが咲いていました。しかしその丈はいずれも極端に低く、僕が根絶やしにしようとした西洋タンポポの子供達が生まれ、嬉々として春の光を浴びているかのような光景でした。

負けた・・・と思いました。僕はその西洋タンポポの子供達をいとおしく感じたのです。おそらく新しい種から生まれたのでしょう。ぎざぎざの葉はまだ 小さく、茎は細くて短くて、眩しいほどの鮮やかな黄色い顔がそよ風に揺れながらいっせいにこちらを見ているような気がしました。そんな気持でこの先戦えるわけがありません。思えば西洋タンポポには何の罪もないのです。ただ与えられた命を必死で守り、子孫を残そうとしているだけです。工房の向かいの空き地に増やしたデイジーだって、元はヨーロッパ原産の外来種です。デイジーを増やし、西洋タンポポを絶滅させようとした理由がよくわかりません。自分の身勝手さを恥じ、贖罪の意味を込めて、西洋タンポポを図柄にしたステンドグラスを多数作り、展覧会の開催となりました。

西洋タンポポエゾタンポポと西洋タンポポはどこが違うか?最も簡単な見分け方として、花びらの下の総苞という部分の外片が下向きに反り返っているのが西洋タンポ ポだということです。それ以後僕の作ったステンドグラスのタンポポはすべて総苞外片が反り返っています。その方が、よりタンポポらしく見えるほど、僕達はすでに西洋タンポポに親しんでいます。

余談になりますが、”タンポポ”という言葉の音の響きがいいですね。この花にピッタリの音だと思います。英名では ”dandelion”(ダンデライオン)、どうもしっくりきません。元々はフランス語の”dent-de-lion”(ダンドゥリオン)からきてお り、ライオンの歯の意です。こちらもやはりピンとこない発音ですが、フランス語にはもうひとつの呼び方があって、”pissenlit “(ピッサンリ)といいますが、こちらの方が広く使われている呼び名だと思います。”ピッサンリ”は結構いい感じがしませんか?

タンポポのステンドグラス

昨年の展覧会の折、総苞外片の見事に反り返ったタンポポを5つ描き、”pissenlit”の文字を入れた作品を作ってDMの写真に使いました。「”西洋タンポポ”の展覧会です」という、僕からの隠されたメッセージでした。

■関連情報
タンポポと戦うー前編ー
企画展作品「たんぽぽ」

このエントリーをはてなブックマークに追加