雑記帳

聖ニコラオの奇跡

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ボザール工房のステンドグラス教室では、僕の学んだ学校の教育方法を踏襲し、西欧に実在する歴史的なステンドグラスの模作をすることによって技術を学びます。
9つの課題の内、最後から2番目が”聖ニコラ”です。

ステンドグラス サン・ニコラの奇跡模作写真の作品は僕が学生のときに模作したものです。
実物は英国のバッキンガム州ヒルスデン教会にあり、「聖ニコラの奇跡」というタイトルの一連の作品の一部です。この場面は、水夫達が船から豆を降ろしているところです。

このステンドグラスは英国で16世紀に作られたものですが、ニコラオ(この方が出生地での呼び名に近いらしい)は西暦270年 バタラ(今のトルコ)で生まれた人でした。富裕な家庭に育ち莫大な遺産を相続しましたが、貧しい人々を助けようという慈悲深い心を持っていました。
ある時ニコラオは、近所の靴屋が三人の娘を嫁がせる金がなく、身売りをさせなければならないほど困っているのを知りました。ニコラオは夜中にこっそりとその家の屋根に上ると、煙突から金貨を投げ入れました。金貨は、暖炉で干していた靴下の中に入りました。娘達は、そのおかげで身売りをせずにすみました。

のちにニコラオは、イタリアのミーラ地方で司教になりますが、ある年のこと、付近一帯がひどい飢饉に襲われます。ちょうどそのとき、エジプトのアレキサンドリアから食料を満載して出航した船団が、ビザンチンへ向かう途中、嵐を避けてミーラの港に避難してきます。ニコラオは船団の司令官に粘り強く交渉して、豆を分けてもらうことに成功します。そのおかげで多くの人々が飢餓から救われました。
その後、ビザンチンに無事入港した船団が荷を降ろすと、豆の量は少しも減ることなく元の量のままだった、というのが「聖ニコラの奇跡」の一話です。

ニコラオは、数々の奇跡と共に善行を積んで西暦343年73歳で亡くなりましたが、死後も彼の遺体をめぐって多くの奇跡が起こったとされています。しかし本当の奇跡はその後千数百年に渡って、全地球的規模で起こりました。

1087年、ニコラオの遺骨はイタリアのバリ市に移され、新しい墓と共に立派な大聖堂を建てて、バリ市の守護聖人としました。これを機にして、ヨーロッパの各地で聖ニコラオの祝日である12月6日に様々な行事が行われるようになりました。
ことに、スイス、フランス、ドイツ、オランダなどでは、ニコラオが金貨を投げ入れて3人の娘を救ったあの逸話がもとになって、聖人の祝日前夜に子供にそっとプレゼントする習慣ができました。子供たちは夜寝る前に、靴下を用意しておきます。

子供のいる家を一軒一軒まわることになった聖ニコラオの姿は、いつしか司教の姿になり、さらに贈り物を入れた大きな袋を背負って長靴履きになりました。
聖ニコラオは、オランダなまりで「シンタクラース」と呼ばれ、17世紀にアメリカへ伝わってから「サンタクロース」になったようです。
18世紀には、北欧の伝説と合体して、サンタクロースは一頭のトナカイが引くそりに乗ってやってくるようになります。トナカイはやがて八頭立てになり、空を飛んで街々を巡るようになりました。

その後、キリスト降誕祭に引き寄せられて、12月24日にプレゼントを配り歩くようになります。このころからアメリカを中心とした商業主義的クリスマスが世界を席巻し、ツリーの飾り付けやクリスマスケーキやプレゼントが主体となって今日の姿となりました。

近年では、グリーンランドや北欧の国々、アラスカのフェアバンクスなどが、サンタクロースに関連した行事や組織を作り上げて、世界にアピールしています。日本では北海道の広尾町が「ひろおサンタランド」を作りましたね。なぜ北海道にサンタランドがあるのかを子供に説明するのは一苦労です。

ともかく、トルコの片田舎に生まれたニコラオが蒔いた種は、千数百年かけて世界中に花を咲かせるようになりました。このこと自体が大きな奇跡のように思えます。しかしその花の姿は、ニコラオが最初に蒔いた種にふさわしいものでしょうか?
もしニコラオなら、新年を目前にして職を失ったおびただしい数の家庭に金貨を投げ入れているはずですが、残念ながら現代のサンタクロースは裕福な家庭の子供だけに高価なプレゼントを届けるのです。何より悲しいのは、子供たち自身がそのことをよく理解し納得していることです。

ちなみに、ニコラオが救った靴屋同様三人娘がいる我家では、高3の長女が自分でプレゼントを買いに行くからと金を要求し、中1の次女も流行のアレが欲しいとリクエスト、小3の三女はサンタにすでにお願い済みだと過大な希望を述べた後、「パパ、大丈夫だよね?」と不安そうに僕の顔色をうかがいます。もちろん大丈夫じゃありません。昨晩遅くサンタが三女の枕元に置いていったプレゼントは、希望とはかけ離れた品物でした。

*歴史的内容については主に池田敏雄著「教会の聖人たち」を参考にしました。

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