川風便り

懐かしき庭-その7-

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エッチングが終わって、絵付け作業に入る。
前回のブログで、ステンドグラスの起源は中近東であることを述べたが、そこからヨーロッパに伝搬しキリスト教と結びつくことによって大きな発展を遂げた。
ステンドグラスを窓を塞ぐための建材から、何ものかを表現するための高度な芸術へと発展させたのは間違いなくヨーロッパ人の手柄だ。
そしてその千年を超える発展の歴史は、絵付けの方法を考案し、試し、学び、改良し、自らの腕を磨き続けた職人たちの絵付け技法伝承の歴史そのものでもある。

ステンドグラス絵付け技法

ステンドグラス絵付け技法の基本は、グリザイユ(仏語;grisaille)というガラス専用絵の具の使用方法にある。グリザイユは酸化鉄を主成分としているが、つまりそれは鉄さびの粉末であり、色は鉄さびそのままのほぼ茶色だ。
ステンドグラス用の絵の具と言ったら、赤や青や黄色の鮮やかな色彩を想像する人は多いけれど、ステンドグラスの色彩はガラス自体によるものであり、その発色はガラス工場の職人が担当している。
ステンドグラス職人はガラス工場から手に入れた色ガラスをカットし、茶色の絵の具を焼き付けてから組み立てるのが仕事だ。
伝統的な西欧のステンドグラス工房は、数10人から100人以上の職人が分業で働いていた。つまり、ガラスカットや組み立てや、パテ埋めさえもそれぞれの専門職に分かれており、最上級職であった絵付け師がそれ以外の仕事をすることはなかったはず。
ボザール工房でも設立直後しばらくは10人ほどの人員が分業体制で仕事をしていたが、今は僕一人ですべての作業をこなしている。

グリザイユ絵付け~線描き

グリザイユ絵付けは、大雑把にいうと二つの工程に分かれる。
ひとつは”線描き”、もうひとつは”調子付け”だ。

まずは線描き、粉末のグリザイユを酢で溶いたものを使用する。アラビアゴムを少量混ぜて粘りを出し、描き心地と定着力を調整する。
酢については以前のブログで詳しく述べているので、興味のある方はそちらをどうぞ。
「日本の酢」

「メインモチーフ」の部分の線描きは、花と花芯の輪郭、葉脈だけだから割と簡単。その分調子付けが難しくなることは分かっているけれど。

「縁飾り」のパターン模様を描く線は、強弱を少なめにして幾何的雰囲気を出すようにする。

「野の花」もパターンの一種ではあるが、野に咲き風に吹かれる小さな花の様子を思い描きながら、筆の特徴を生かし表情豊かに描いた。

全部描き終わったところで電気炉の中へ、650℃で焼成する。

ステンドグラスの絵付けは、その土地の気候と、窓の方角や高さによって変化する。
ドイツとスペインではガラスの選択からして違っており、それに合わせて絵付けのやり方も変わる。
大聖堂の高窓と低窓では、線の太さも調子の濃さも違っている。中世の職人たちは、近くで見るものと遠く離れて見るものとでは、人間の眼に対する効果が違うことを知っていたからだ。

「19世紀英国スタイルパネル」はごく間近で見ることを前提としており、元々は英国や北海道の比較的弱い光が差し込む環境を想定して作った。
しかし今回再制作品の行先は東京と決まっているため、ほんの少しだけ線を太く強く描くことにした。もちろん全体の印象が変わらない範囲でのことだが。

ー続く

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