東京で初めて絵付けの教室を持ったとき、どうしても必要だと力説して無理に作ってもらったエッチング設備ですが、僕自身ほとんどエッチングをした経験がありませんでした。
教えるための設備は万全、しかし教える内容が準備できていなかったのです。
それからは、休日や夜中に教室の設備を借りて実験や練習を繰り返し、覚えた技術を次の日すぐ生徒に教えるという自転車操業的教室運営を2年ほど続けました。おかげで、エッチングの基礎技法体系(大袈裟ですが)が自然に出来上がりました。
フッ酸によるエッチングを教室で教え始めてしばらくすると、事故の話を聞くようになりました。
そのころはフッ化水素酸液が薬局で簡単に買えたので、ガラスを溶かして図柄を描く方法があると聞きつけた人々が自宅で作業に及んだらしいのです。
風呂場で作業をして倒れ救急車で運ばれた、廃液を庭に捨て植木が全部枯れた、下水管を溶かして弁償した、家事用のビニール手袋が溶けた、服が焼けた、靴に穴が開いた・・・なんていう話を毎週のように聞かされ、これはまずい、重大な事故が起きる前に何とかしなければ、という事態になりました。
僕のせいか?と思いましたが、フッ化水素酸液というたいへん便利な薬品があるという話は以前からすでに広まっていたようです。
ただその危険性が正確に伝わっていませんでした。
フッ酸の危険性を訴えたプリントを作って、僕の教室以外の外部にも大量に配布しましたが、それでも事故のニュースはなくなりませんでした。
危険性を認識してもらうだけでなく、正しい使い方を知ってもらうことの方がより重要かもしれないと思いまして、ちょうど出版準備を進めていた技法書の中で詳しく説明することにしました。
1990年にその本を出版して以来、フッ酸の事故のニュースを聞くことはほとんどなくなりました。
フッ酸エッチングをやってみようという方は、是非そちらをご覧下さい。
絶版ですが、ときどき古本オークションに登場します。
「ステンドグラス絵付け技法」 (共著) 美術出版社 定価12,800円
フッ酸エッチング箱第3号の完成直後の写真が載っています。
ご覧の通り、さほど難しい設備ではありません。
要は、上水と下水があり、廃液の処理と換気ができれば良いだけです。
あとは、強酸用の手袋など安全用具を揃えること。
写真にある「防毒マスク」は、現在ボザール工房では使用していません。
ガスが作業箱の外に漏れるようでは非常に危険、ということで強力な業務用換気扇を使用し完全排気、マスクなしで作業しています。
エッチングについてはもちろんですが、その他の絵付け技法に関してもこれほど詳述されている文献は外国にもないでしょう。
独学で勉強しようという方の拠り所となるように、またすでに勉強したという方の辞書的な役目を果たせるようにと著したものです。
ー続く