札幌では、先月22日から10日間ほどにわたって「第55回さっぽろライラックまつり」が開催されましたが、生憎の寒さで会場ではほとんど開花していなかったということです。
ボザール工房のライラックも一昨日からやっと蕾が開き始めました。
一度は死んだと思った木ですが、息を吹き返し、4年前わずかの花をつけるまで回復しました。
このあたりの詳細はこちらをご覧ください。
そのあと幹はぐんぐん大きくなるものの、花はわずかしか咲かないという年が続きましたが、今年は何十もの花房を一気に増やして、工房の殺風景な壁を華やかにしてくれています。
ライラックは、”札幌市の木”にも指定されており北海道ではかなり一般的な樹木です。
日本最古のライラックの木も札幌にあります。
ちなみにライラック(Lilac)は英語、フランス語ではリラ(Lilas)ということも最近ではよく知られています。
(ライラックとステンドグラスの共演。薄紫の花色と金箔がよく似合うと思います)
札幌では”リラ冷え”という言葉があり、ちょうど先月のライラック祭りのころのように、春先一時的に冷え込むことを指します。
”ライラック冷え”とは言わないのはなぜでしょうか?
一説によりますと、俳人の榛谷美枝子(はんがい みえこ)さんが1960年に詠んだ「リラ冷えや 睡眠剤は まだ効きて」という句を、作家の渡辺淳一さんが気に入り、1970年「リラ冷えの街」という小説を北海道新聞に連載したことで、「リラ冷え」という言葉が世間に広まったそうです。
では榛谷さんはどこから引用したのでしょう?
フランス語の表現にはそれに相当する言葉がないように思います。
創作だとしたらすばらしい着想ですよね。
(ステンドグラスを建物内部からみたところ。ライラックの葉の緑と赤色ガラスの対比も気に入ってます)
フランスの古いシャンソンに「リラの花咲くころ」という歌がありますが、宝塚歌劇団が歌った「すみれの花咲くころ」の元歌です。
パリを訪れた宝塚歌劇団の演出家白井 鐵造が、そのころパリで流行っていた「リラの花咲くころ」を気に入り、帰国後の1930年、「パリゼット」というレビューの挿入歌として利用しました。
”リラ”を”すみれ”としたのは、日本ではまだライラックに馴染みが薄かったからでしょうね。
ついでに言っておきますと、シャンソンの「リラの花咲くころ」もオリジナルではなく、本当の元歌は1928年、ウィーンにおいて発表された、フランツ・デーレ作曲、フリッツ・ロッター作詞の同名の歌曲です。