雑記帳

できることをやろう2014ーその5-

2014年12月29日
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第4日目、13日(土)の報告です。
前日の夜は相馬保育園元園長の中江千枝子さんのお宅に泊めていただきました。中江さんの家は、福島県の最北に位置する新地町にありますが、朝食の後で中江さんのご主人が、近くにある鹿狼山(かろうさん)に連れて行ってくれました。
標高429.9メートルの頂上からの眺めです。

そう遠くないところに太平洋に面した海岸地帯が見えますが、かつて中江さんの家もここから見える場所、海岸から100mほどの位置に建っていました。
震災の日、大きく地面が揺れて約1時間後に津波が来るという警報がありましたが、誰もが一旦避難した後で戻ってくるつもりでいました。ところが津波は予想を遥かに超える大きさで押し寄せ、あっという間に中江さんの家は、跡形もなく押し流されてしまったそうです。幸いに中江さんの家族に犠牲者は出ませんでした。しかし失ったものは大きく、千枝子さんは、中でも写真が1枚も残らず消え失せたことが悲しいと仰っていました。衣服もすべて失い残ったのはその時着ていたものだけ、その服一式をいまだに捨てられないということです。

この日は、福島県から山形県米沢市まで移動の予定。通常なら2時間ほどで移動できる距離ですが、県境を越えた途端に雪が降りしきり、到着した時はすっかり夜になっていました。
米沢市では、「避難者交流サロンふわっと」の佐藤洋さんにお世話になり、活動の拠点としているスペースに宿泊させていただきました。施設内には、先にお送りした玉ねぎの箱に「一家族4個」「タングロン支援基金への協力を」との貼り紙を付けて置かれていました。原発被災者の安全な食物を求める気持ちは強く、北海道産の野菜は人気があります。

復興庁が公表している資料によりますと、東日本大震災の避難者は23万4千人(12月26日現在)で、山形県には4600人ほどが避難しています。この内福島県から、つまり原発の被害から逃げて来た人がどれほどになるのか分かりませんが、地理的に見て米沢市に居住する避難者の大半が福島県からの避難者ではないかと推測します。

翌日14日(日)は、いくつかの支援団体が協力して「避難者の子供たちを自然の中で思い切り遊ばせよう」という企画です。詳しい内容は聞いていませんが、幸い(?)の大雪、楽しくハードな一日になりそうな予感がしていました。

ー続く

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