雑記帳

第8回ボザール海外研修旅行ーその13-

2012年12月9日
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第13日目(10月30日)続き :
昼食後(デザート後)、ステンドグラス国際センターへ。


シャルトルは昔から”ステンドグラスの町”として知られていますが、、ドゴール政権時代の文化相アンドレ・マルロー(André Malraux)の命を受けてステンドグラス国際センター(Centre international du vitrail)を1980年に開館してからはますますその地位を高め、”ステンドグラスの聖地”とまで言われるようになりました。

                                                    
センターの業務は、情報の収集や保存、教育、広報など多岐にわたっていますが、中でも最も重要と思われるのは展覧会の開催です。
展覧会場は1階と地下にあり、相当な広さです。
今回の目的は「ドイツの現代ステンドグラス」という展覧会。

                                                               シュライターなどの著名な作家の作品もありましたが、それがかすんで見えるほど若い作家のエネルギーが満ち溢れる会場でした。

センターの展覧会の様子を見ていつも思うのは、作品についてはもとより、むしろその展示方法のすばらしさです。
1階も地下も全く外光が入らない空間でありながら、その不自由さを感じさせません。

                                                                         

1995年にセンターが開催した「日本のステンドグラスと現代建築」展には僕も出品しましたが、そのときのエピソードをひとつ。

開催日の3日ほど前にパリに着いて、会場の様子を電話で聞いたところ、まだ作業中とのことでした。
間に合うのだろうか?と訝りつつも、会場設営はセンターにおまかせしてましたから、信頼するしかありません。
                                                               

前日になってもう一度確認してみるとやはり作業中とのこと。
一ヶ月も前から始めているはずなのに何をそんなに手間取っているのだろう、やる気ないんじゃないの?なんて若干の不信感を抱き始め、かくなるうえは自分たちでやろうと出品者の日本人数人でシャルトルへ出かけました。

                                                                                                  
会場に入って驚いたのは、そこに広がる予想もしなかった光景です。

(写真は、ドイツ展の会場風景)                                                                                                    

我々日本人が何とはなしに思い描いていたのは、ステンドグラスを吊るす架台と後ろから照明を当てる仕組み、日本の展覧会場で自分たちがいつもやっていた様子でした。どこでやったって基本的にはそんなものだろうとたかをくくっていたのが大間違い。

会場には窓付きの壁が一面に作られていました。
それぞれの作品に合わせて窓の大きさを変え、漆喰で塗り固めた本物の壁です。中にはチャペルのように作った建物もありました。壁と壁との間を縫うように小道も作られて、さながら展覧会場の中に小さな村を建造したかのような具合でした。
これじゃ一ヶ月経っても完成しないわけだ、呆れると同時に尊敬と感謝の念が沸き起こり、フランス人ってすごいな!と思った次第です。

しかしこれはひとつの展覧会を長期間にわたって開催するためにできる作業ですから、まずそこから意識が違うのだと思います。
「日本のステンドグラスと現代建築」展は約半年間続きましたが、現在の「ドイツの現代ステンドグラス」展は今年の4月から初めて終わるのは来年9月末、1年半のロングランです。

朝から晩まで、ステンドグラスにたっぷりと浸れるシャルトルでした。

ー続くー

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