10年以上も前の話だが、ボザールステンドグラス教室の課題にするために一枚のパネルをデザインした。
ボザール教室のカリキュラムは、パリの工芸学校の方式に倣い、西欧に現存するステンドグラスを年代の古いものから順に模作しながら技術を覚える仕組みだ。カリキュラム最後の課題は17世紀のエマイユ絵付けパネルだったが、そこから現代までは300年以上も離れている。
何かその間にもう一つ課題を加えたいと思ってデザインしたのが「19世紀英国スタイルパネル」、全体的雰囲気としては19世紀英国で流行した様式を模したものだが、細部は僕がデザインしたオリジナルだ。
ちなみに、この課題に取り組んだ生徒はまだひとりもいない。
「19世紀英国スタイルパネル」を窓から降ろしながら、芙美さんが「この作品凄く好き。ずっとここに置いておいてね。お金ができたら買うから」と言っていたことを思い出した。本当は、教室課題作品として工房に戻したかったのだが、その機会を失っていた。
もうひとつ思い出したのは、ギャラリーの近くに開店した花屋さんのこと。芙美さんは店を共同経営する青年二人を大層気に入っており、開店前からいつも利用していた。
2012年、二人の店がオープンした時、ステンドグラスをプレゼントしたいからオリジナルでデザインして欲しいと言われたが、こちらもやはり「お金ができたときに頼むね」とのこと、「お金は後でいいから先にプレゼントしようよ」という僕の勧めにも頑なに応じなかった。
まさかその後三年も経たずして自分が逝ってしまうとは思いもしなかったのだろうけれど。
片付けがほとんど終わろうとしていた夕暮れ時、部屋の主を失い寒々とした空気が漂うギャラリーでふと思いついたのは、「そうだこの作品を花屋さんに飾ってもらおう」ということだった。
花屋さんの青年二人には「19世紀英国スタイルパネル」に関する詳しい事情は話さなかったが、僕の申し出に快く承諾をいただいて以来、その店の正面窓に飾られている。
店の名前は“ジャルダンノスタルジック”、芙美さんが名付け親だと聞いている。”懐かしき庭”という意味のフランス語だ。
ジャルダンには2018年にボザール工房の国内研修旅行で訪れて以来ご無沙汰していたが、2週間ほど前に突然連絡をいただいた。
―続く