僕の仕事は、見かけはアートですが実態はほとんど建築業です。
建物の窓に作品を取り付けるのですから、当然と言えば当然のこと。しかしそれだけでなく予算や納期その他建築業界の様々な習慣に同調しながら仕事を進めなければいけないという点においても、やはり建築業なのです。
建築業界は、先端技術をいち早く取り入れるということにかけてはすこぶる熱心ですが、その投資規模や普及度を考慮して比較すると、他の業界に抜きん出ているという話を聞いたことがあります。それが事実とすれば、携帯電話が真っ先に普及したのもやはり建築業界ではないでしょうか。
自動車電話を取り付け、屋根に高くアンテナを伸ばして得意げな設計士の外車を見たのは25年以上前のことです。工事現場でトランシーバーに代わって携帯電話が使われ始めたのが20年くらい前、名刺交換のときに「携帯持ってますか?」と聞かれるようになったのは15年前、10年前からは「ケイタイ番号教えてください」と当たり前のように要求されるようになり、「持ってません」と言うと驚くような顔をされました。
それが5年位前からケータイを持っていないことで、「困るな~」とか「持ってくださいよ」なんて言われて、実際に関係者に迷惑をかける事態も起きて、3年前ついに僕もケータイを持ちました。仕事関係でもそれ以外でも、周囲の人間でケータイを持っていない人間は誰もいないというくらいの状況になってました。
こんな話をすると、僕がよほどケータイを始めとする最新の技術機器を嫌っていて苦手としているかのように思われがちですが、そんなことはありません。以前にも書いたように、先端科学技術には人並み以上の興味と憧れを持っていまして、少しでもその末端に触れていたいと常々思っています。
https://st-glass.jp/blog/note/1.html
ケータイを持たないようにしていたのは,”何処でも連絡がつく”というそのもっとも基本的な機能に恐れおののいていたからです。仕事場の電話機の前に座っているだけでもいつ呼び出し音がなるかと怯えてしまうのに、その電話を肌身離さず持ち歩くなんて、これほどの恐怖はありません。”一人きりになる”という自由が永遠に奪われてしまうような気がしました。しかし実際に持ってみるとその心配が杞憂であったことが即座にわかりました。
なんでこんなことが分からなかったのだろうと思うほど単純な話。ケータイを持ち歩かなければ良いだけのことでした。持ち歩いても電源を切っておくという手もあります。さらに電話に出ない、メールを見ないという自由もあり、メールなどは見ても返信しないという選択肢もあります。
若者たちの間では30秒以内に返信しなければいけないという暗黙のルールがあるらしく、とうに若者をやめた人たちも結構そのルールに従っているらしいのですが、僕は、「そんなもん知るか!30日以内でもいやだね」という感じです。
かくして僕のケータイは、普段は事務机の上に放置されるフケータイと化しています。そんなもの持たなきゃいいじゃないかと言われそうですが、出張のときなどは大活躍してくれるようになりましたし、それに通信以外の機能が便利なもので重宝しています。例えば、カメラやワンセグ、目覚まし、計算などは当たり前で、赤外線通信やQRコードと名刺読み取り、GPSに地図や電話帳も使います。それから,僕は使いませんが、音楽ダウンロード、電子マネー、会員証や乗車券代わり、プロフにチャット、歩数計、タッチセンサーやモーションコントロールを搭載するなど、使いこなせないほど多機能化していて、いったい何処まで進むのかと心配になるほど。
数年前フランスへ行った時、友人たちへのみやげに僕が作ったガラス製の携帯用ストラップを持っていったことがありました。3人の友人に手渡すと、携帯に付けるストラップの意味が分からない様子、彼らの出した携帯にはストラップを取り付ける場所がありませんでした。フランスに限らず、日本以外の国で携帯は通信をするための道具であり、それ以外の機能はほとんど付いていません。ストラップで飾る習慣もありません。
日本のケータイは独自の進化を遂げており、それゆえに業界ではガラパゴスケータイとも呼ばれているそうです。
ルーブル美術館のモナリザの前では日本人だけでなくあらゆる国籍の観光客がしきりに写真を撮っていますが、最近その風景が変わりました。日本人観光客のほとんどがケータイのカメラで撮影するようになったのです。後ろから見ていると、ケータイを頭上高く掲げているのは日本人だけで、他の国の観光客はそれを不思議そうに眺めています。
先々月、東京から静岡への長距離電車に乗ったおり、日本人の僕も不思議に思う光景を見ました。夜の9時頃、僕は前向きの座席が並ぶ車内の一番後ろの席に座りました。20人ほどの乗客が乗り合わせていましたが、話し声もなく皆下を向いて何かに熱中している様子。何人かの手にケータイが見えて、メールをしてるんだなと漠然と思ってましたが、時間がたつにつれて、どうもメールではなさそうだということに気がつきました。何とはなしに雰囲気が違うのです。「何をしてるんだろう?」と気になってトイレへ立ったついでに覗いてみると、わかりました!ゲームをやっているのです。スロットゲームからテトリス、将棋、クロスワードや数字合わせのようなものなど、学生からおばあちゃんまで年齢性別に関係なく乗客の半数以上の人がケータイでゲームをやっていました。
フランスの電車に乗ると、ケータイで話している声があちこちから聞こえます。禁止でもなくマナー違反でもないようです。ちなみに日本では、心臓のペースメーカーの誤作動を避けるため、車内に完全禁止区域を設けていますが、専門家によるとこれは全く無意味な処置で、電磁波によるペースメーカー誤作動の報告例はこれまでひとつもなく、第一ペースメーカーを装着している本人がケータイを使用している例も多々あるそうです。それでも用心のためにケータイの電波を遠ざけようというなら、駅に入った時点ですべてのケータイの電源を切らせなければ意味がありません。いやそれ以前に、現在の電子機器の普及具合では、ペースメーカーの装着者はどこも出歩けないということになるでしょう。
ケータイの影響で僕が一番心配しているのは、脳腫瘍の発生です。これについては膨大な情報があり、現在勉強中。いつかお話ししたいと思います。
先日、展覧会の搬入のために函館へ行ってきました。
帰り道の海に面した小さなパーキングで、若い女性たちが手に手にケータイを持って写真を取り合っているのが見えました。
一瞬わき見をすると、はっとするような美しい風景が広がっていました。
僕も車を停めて、普通のデジカメで撮影しました。まだ雪を抱いている山は、大沼国定公園の駒ケ岳です。
江別に続き函館でも開催することになった「PEACE」展は、いつものギャラリー村岡で、きょう4月1日から5月15日まで開催します。1ヵ月半のロングランです。
最近知ったことですが、ギャラリーの店主村岡武司氏は未だにケータイを持っていません。
横浜に工房を持つステンドグラスの先輩平山健雄氏もケータイを持っていませんでした。
二人とも僕が一目置いている人物です。
なんかちょっと負けたような気がしています。