雑記帳

Elefante Giallo(黄色い象)ーその8ー

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エッチングが終わったら絵付けの作業です。
”ステンドグラスの絵付け”というとガラスに着色する作業と思われがちですが、基本的にステンドグラス用のガラスには最初から色が着いています。そのためつまりステンドグラス制作者は、工場で作られた色ガラスのシリーズの中から、ただ選択することにより作品の配色を決めるわけです。色を作り出すことはできません。では”ステンドグラスの絵付け”とは何をするのでしょうか?簡単に言うと、黒い線を描き、黒い陰影をつけるのがステンドグラス絵付けです。

ステンドグラスに絵付けを施すようになったのは9世紀頃からと言われていますが、その後14世紀中頃にシルヴァーステイン(銀黄色)が現れるまで数百年の間、ステンドグラス絵付け用の絵の具はただ1種類”グリザイユ”があるのみでした。”グリザイユ(仏語:grisaille)”は、酸化第2鉄を主成分としていますが、平たく言うと鉄さびのことで、古い技法書には、「鍛冶屋に行って焼けた鉄屑を拾い集め、細かく砕き粉にし、古くなったワインで溶いて・・・」みたいなことが書いてあります。つまり色味としては茶色しかなかったわけですが、ガラスに焼き付けて光にかざすと、そのわずかな色味さえも消えてほとんど黒色に見えます。油絵の技法に、単色(大抵は茶色か灰色)で描く”グリザイユ技法”というのがありますが、それはこのステンドグラス用絵の具の名前からきています。ちなみに、仏語の”グリ(gris)”は、灰色のことです。

今回の仕事でグリザイユの出番は、細い黒線を描くことです。高梨君の原画の線は、おそらくドローイングペンを使用したものと思われますが、幅0.9~1.0㎜のほぼ均一の太さで描かれています。これを少し太めにして1.0~1.2㎜幅の線で描くことを提案しました。ガラスに描く線は、対面からの透過光で見ると、光が周り込んで線が細く見えてしまうからです。また、グリザイユ絵付けは筆で描きますから、わざとらしくない程度に筆のタッチを出そうという提案も了承もらいました。

ボザール工房の絵付け室です。テーブルは、下から照明できるようになっています。

ガラス製のパレットに、予め溶いて仕込んであったグリザイユを適量出して、ワインビネガーを加え混ぜ合わせます。ビネガーを使用する理由は、筆に含ませたときの描き心地が良いことと、絵の具の乾燥後、水に対して耐性を持つことです。ビネガー溶きグリザイユで線を描いたのち、水溶きグリザイユで陰付けをして、一度に焼成することができるわけです。

腕台を使用して描きます。まずは軽く練習して腕慣らし。野球で言うと、ピッチャーのウオーミングアップですね。ガラス絵付けの良いところは、失敗したら洗い流してもう一度、満足がいくまで何度でもやり直しができることです。

十数回目でやっと満足のいくものができました。他人の描いたデッサンをなぞると、その人がその線を描いたときに、何を考えどういう気分だったのか、鑑賞者を何処へ誘おうとしているのか、ということが手に取るように分かります。ただ機械的に線を写し取るのではなく、原画の持つ”内容”のすべてを再現することを心がけています。

例えば、象の頭のデコボコとした感じ、力強さを表す鼻の曲がり具合、などに高梨君の観察眼とデッサン力が現れており、そこは忠実に、できればほんの僅か強調して再現したい場所でした。

―続く

 

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