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懐かしき庭-その11-

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グリザイユ絵付けが終わったら、もうひとつ別の種類の絵付けがある。
通常日本ではシルバーステインと呼ばれている絵の具を使うのだが、フランス語ではジョーヌダルジャン(jaune d’argent)、”銀の黄色”という意味、文字通り銀を使って黄色を発色させる。
グリザイユのように絵の具がそのままガラスに焼き付くのではなく、銀とガラスの化学反応によりガラスが黄色に染まる。

シルバーステインとは?

この絵の具は14世紀中頃、西欧ステンドグラスの歴史に登場する。
それまでステンドグラスの色彩はガラス自体の発色に頼るしかなかったが、ステンドグラス絵付け職人はその時初めて黄色だけは自由に使う権利を与えられた。そのことがよほど嬉しかったらしく、それ以降300年間はやたらに黄色いステンドグラスが教会の窓を飾ることになる。

しかしその時代の職人たちは、銀がガラスに反応して黄色に発色するということをどうやって知ったのだろうか?
これにはひとつ有名な逸話がある。
”ある日、焼き付け職人が棚板にガラスを並べた時、うっかりとガラスの上に銀の指輪を置いたまま炉に入れてしまった。次の日取り出して指輪をひろうと、ガラスには指輪の形そのままの輝くような美しい黄色がくっきりと焼き付いていた”というものだ。
いかにも本当にありそうな話だから実験してみたところ、銀箔や銀製品で同様の結果が得られた。
実話がずっと語り継がれてきたのかもしれない。

しかし銀製品では絵付け作業に向かなかったらしく、いつからか硝酸銀溶液などの液体を使うようになったが、それでもまだ発色のコントロールが難しかったため、近代では土に混ぜて粉状にしたものを水で溶いて使うようになった。

粉状のシルバーステインは飛躍的に扱いやすくなったはずだが、15年前「19世紀英国スタイルパネル」に使用したそれはまだ作家が思い通りに使いこなせるというレベルのものではなかった。
焼成後の発色は、使用条件によって淡い黄色~オレンジ色~濃い茶色までの幅があった。使うガラスの種類、絵の具の量、溶剤、電気炉の特性、棚板の高さ、ガラスを置く位置、気温や湿度、等々様々な条件によって発色が変化するので、厳密な結果を求めず許容範囲を広く想定するしかなかった。
実を言うと15年前の作品のシルバーステイン(フランス製)絵付けは、少々強く色が出すぎてオレンジ色に近くなってしまった。それでも許容範囲内だったのでそのまま使用した。

今その作品を見ると、やはり黄色が強すぎると思う。グリザイユの淡い調子をつぶしてしまっているし、メインの花を引き立てる背景でいてほしいのにこころなしか前に出てきてしまう。
今進行中の再制作品では、本来のあるべき姿に戻したいと思う。

10年ほど前から使っている今のシルバーステイン(アメリカ製)は発色が非常に安定しており、多少の条件の違いには影響されない。
焼成後、濃すぎたりムラが出たりしたものが、むしろ面白いとか味があるとか言われることもあるけれど、制作者としては心外であり、思い通りにならない材料には常に不安と不満を抱いてきた。
ステンドグラス作家が安心して使える性能のシルバーステインを手にしたのは、ほんのつい最近のことなのだ。

ー続く

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