雑記帳

なにかと能登には縁があるーその3-

2015年5月30日
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能登半島は、その最先端の禄剛崎(ろっこうざき)までの富山湾側を”内浦”、そこから先の日本海側を”外浦”と呼んでいます。「能登半島徒歩で一周の旅」は、外浦に入った途端に天候の厳しさにさらされ、体力と時間と経済力の限界に達し、奥能登の最南端にある町”輪島市”に到着した時点で以下省略としました。「高校生の時、能登半島を歩いて一周した」というのが僕の伝説であり、何度となく自慢げに話してきましたが、実は3分の2周ほどで終わっています。また、すでに高校生でもありませんでした。

輪島の朝市が雨で寒かったことを覚えています。

おぼろ昆布を買ったこと、輪島塗は高価で買えなかったこと、駅の立ち食いそばが美味かったこと、鮮明な記憶です。

「まれ」は架空の町”外浦村”を舞台にしていますが、物語中ですぐに輪島市に合併されます。
実際の撮影は、ほとんど輪島市大沢町で行われているそうです。

 

さてそのNHK朝ドラ「まれ」は現在横浜に舞台を移しておりますが、横浜にはボザール工房の営業企画を担当してくれている会社”イーメイド”がありまして、その関係で横浜で展覧会を開催する機会が増えました。

一昨年は、陶芸家の上島英揮氏と二人展を開催しました。上島氏は、能登半島の付け根の辺り、鹿西町出身で現在もそこで窯を焚いています。僕が独身時代に何度か遊びに行き、また結婚してからは家族で一度行きました。上島さんの一人娘が小学4年生、僕の長女が小学3年生のときでした。裏山で竹の子取りをさせてもらいました。15年ほど前の話です。

「まれ」の主人公”希”は、横浜中華街の中華店2階に住み込み、パティシエを目指し奮闘中ですが、僕の長女も東京で製菓調理の道に入って修行中です。上島さんの娘さんが看護師として横浜の病院に勤めることになったのも何かの縁でしょうか。

ー終わり

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