雑記帳

トイレの神様ーその4-

2009年8月26日
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僕と同年代の人なら、トイレに関する記憶はだいたい似通っているはずです。
子供のころの汲み取り式便所、少し後には和式便器を使った水洗便所、大人になって洋式便座を使った水洗便所、という変換を経験していますが、洋式便座を初めて使ったときの妙な抵抗感を覚えているでしょうか?
便器に直接すわるなんて・・・という感覚があったと思います。

1975年に初めてフランスへ渡ったとき、外国暮らし初心者の日本人が数人集まると、決まってトイレの話題になりました。
最初に行ったディジョン大学のトイレは、いわゆるトルコ式と言われる型で、平たい陶板の一箇所に穴が開いていて足を乗せるところがわずかに高くなっています。僕の幼少期に普通に見られた長屋系便所の型式とよく似ています。
ただディジョン大学ではその形で水洗だったので、しゃがんだまま水を流すと、足元全体に水が回って、くるぶしの辺りまで水浸しになってしまいました。水タンクのレバーを引くと同時に素早く脱出しなければならないのです。

当時はまだ洋式便座にに慣れない日本人も多く、フランスに来て初めて使うという人も珍しくありませんでした。そういう人にとってはトルコ式の方がまだ使い易かったようで、洋式便座の使い方がわからず、逆向きに座っていたとか、便座の上に足を乗せてしゃがんだり、直接座るのがいやで中腰のまま用を足しているとか、色々な人がいました。

2ヵ月後カン大学へ行ったとき、大学からホームステイを勧められました。
本当はアパートを借りて気ままな一人暮らしをしたかったのですが、適当な場所が見つからず、仕方なく仮の住まいのつもりで受け入れました。
ステイ先へ行くと感じの良い老夫婦が満面の笑みで迎えてくれました。アパートの中へ入って、まだ部屋も見ないうちに真っ先に連れて行かれたのはトイレでした。
フランスの一般家庭のトイレを見るのは初めてのことでしたが、緑とピンクの壁紙に花模様のタオル、小さな花瓶に生けられた一輪の花、楽しそうに踊る陶器の人形たち、まるで1枚の絵を描くかのように美しく飾られた小部屋でした。
日本の”便所”と、フランスの”トワレット”の違いを見せ付けられる思いがしました。
仏語の”toilette”は、トイレの意味よりも化粧とか身だしなみの意味合いの方が強い言葉です。日本語で”化粧室”ということがあるのは、ここからきているのでしょう。
今では日本でも、フランスに負けないほど綺麗なトイレの家庭が多いですね。

老夫婦は僕にトイレの使い方を事細かに説明してくれました。
後でわかったことですが、僕の前にも日本人を一人受け入れたことがあって、その日本人が便座の上に逆向きに乗って用をたすタイプだったらしく、老夫婦はそのことに、かなり日にちが経ってから便座の上の足跡で気がついた、ということでした。

フランス ホームステイ m.etmmeこの老夫婦はルヴェルジョワ夫妻といいますが、僕は結局このルヴェルジョワ家に1年間お世話になりました。
その1年の間に、トイレの使い方に限らず、フランスの日常生活における習慣や常識、決まりごと、ものの考え方、歴史や文化など、ありとあらゆることを夫妻より教わりました。
その体験は、その後5年間続いた僕のパリ生活の貴重な礎となりました。

このデッサン画は、僕が夫妻にプレゼントしたものですが、今見るとちょっと下手ですね。

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すてんどぐらすトイレの神様 フランス子供のいないルヴェルジョワ夫妻とは、僕がパリにいたときはもちろん日本に帰国してからもずっと、親密な交流を絶やすことがありませんでした。
それは互いに親子と呼び合うほどでしたが、ムッシューが80歳を過ぎて突然に亡くなり、一人になったマダムはアパートを引き払って老人ホームに入居しました。

その老人ホームに家族全員で面会に行ったのはちょうど10年前のことになります。マダムは初めて会った”嫁”と”孫娘たち”の手を握り締めて、たいそう喜んでくれました。

その後誕生した三女を加えて家族全員でまた会いに行くから、という約束を果たせないまま、マダムが亡くなったという知らせを老人ホームから受け取ったのは数年前のことです。
ホームからの手紙には、マダムは亡くなる前の数日間、僕がルヴェルジョワ家にお世話になっていたころの話をしきりに繰り返し、”あのころの私はなんて幸せだったのでしょう”と言っていたと書かれていました。

”トイレの神様”に思いを巡らせている内に、トイレの壁紙の前に立つ出会ったばかりのムッシュー・ルヴェルジョワの姿を思い出しました。
長身でお洒落でいつもすまし顔の、思いやりに満ち溢れた人でした。

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