雑記帳

愛着心を捨てるーその5-

2015年5月11日
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美術大学入学を目指す者のほとんどは、国立と私立各1校を受験します。
油絵科を希望するなら、石膏デッサンと油絵の実技試験がありますが、大学によって合格しやすい作風というものがあります。伝統に裏打ちされた校風に因るだけでなく、その年試験官となる大学教授の好みもあれば、時代の流行もあります。美術予備校では、それらの傾向を予測し学生たちに教えます。つまり同じ石膏デッサンでも国立大用と私大用の2種類を描き分ける練習をしなければならないわけです。予備校の同級生たちは、その作業を何の疑問もなくこなしているように見えましたが、僕には長く続けることができませんでした。

美術に限らず、試験に必要なのは決められた時間内にできるだけたくさんの点数を取ることです。予備校はその方法を教えてくれます。試験に合格することを目的にしている場なのだから、それは当然のことです。分かってはいたのですが、次の受験のときまで、僕はそれに耐えることができませんでした。何故耐えることができなかったのかと問われれば、かっこつけすぎかもしれないけれど「絵を愛しすぎていたから」と答えるしかありません。

 

とにかく僕は、ある日突然、受験用デッサンも受験用油絵も描かないことに決めました。

しかし学校をやめる決心がつかないまま、しばらくは通っていたように思います。

これは確かその頃に描いた習作のひとつです。

予備校で描いてますから、半分はまだ指示に従ってますが、半分は自分勝手に描いたものだと思います。

筆のタッチひとつひとつに込められている思いが、今の僕にも伝わってきます。

特に愛着を感じる1枚ですが、思い切って捨てましょう。

 

そのころ担当の講師に言われた言葉の数々を覚えています。
「美大にも入れないやつに絵を描く資格はない」
「受験の時、自分だけ周囲と違う絵を描いていたら落ちたと思え」
「絵描きだってサラリーマンと同じなんだよ。力のある上司について出世を待たなきゃ食っていけない」

そのときは憤慨しましたが、後で冷静になって考えてみると、どれも本当のことばかりでした。事実を教えてもらったおかげで、自分の進むべき道を他に探すことができたのですから、決して皮肉ではなく感謝するべき言葉だった思います。

ー続く

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