もう3年も前のことになってしまうのですが、クリムトの有名な絵「接吻」(1907~1908)をステンドグラスにしてほしいという注文がありまして、それがつい一週間前にやっと完成しました。
制作に3年も費やした理由は色々あるけれど、第一の理由はやはり難しかったからだと思います。
出来上がった作品を見せますと大抵の人は、「本物そっくりに描くことは難しかったでしょう」と言ってくれますが、実のところそこはさほど難しくはありません。
少々見栄を張って言わせてもらえば、ちゃんとした原画を横において、それをその通りに描き写すことは、比較的楽な仕事です。
難しいのは、形や色の向こうにあるクリムトの精神を捕まえることです。
クリムトの華美な装飾性に騙されてはいけないと思います。
クリムトは美しいものをただ美しく描こうとしたわけではありませんでした。
愛の向こうに肉欲を、生の向こうに病気や死を描きました。
美を表現したかったのではなく、真実を表したかったのだと思います。
言い方を変えれば、クリムトにとっては真実こそが美であり、それが表面上醜かったり汚れたりしていても構わなかったのだと思います。
クリムトのこの精神性は、実際の絵画表現にもシンクロ的に投射されています。
彼が好んで使用した金箔は、ただ綺麗に貼られているのではありません。
使い込まれて古びたような様相を呈しています。
多くの作品の背景も同様の様子で、汚れた壁のように見えます。
クリムトの作品を模する作業の中で最も難航したのは、この汚れをどのように解釈し表現するかということでした。
絵付けの方法を変えて何度か繰り返し試しているうちに、この「美しき汚れ」がクリムト自身の心の中の真実に直結しているという確信を得ることとができました。
僕の確信が正しいかどうか確かめる機会が、偶然にもすぐそこにやってきています。
今月11日より札幌芸術の森美術館で「クリムト、シーレ ウィーン世紀末展」が開催されます。
遅々として進まぬ僕の仕事に、3年もの間辛抱強く付き合ってくれたのは、ステンドグラスアトリエ・ミューの関原さんです。本当に長い間お待たせしました。
http://www4.plala.or.jp/atelier-myu/index.html
アトリエ・ミューは日本最北の都市稚内市にあり、つまり日本で最北にあるステンドグラス工房ということになりますね。
クリムトのステンドグラスは、今月末ころ江別から旅立ちます。
■作品データ :クリムト「接吻」